STORY 03
浜松市市民音楽ホール新築工事
3社共同、7人の現場監督で挑んだ
市民音楽ホール新築プロジェクト
市民音楽ホール新築プロジェクト

2021年6月、浜松市北区新都田にオープンした「サーラ音楽ホール」。客席数1,406(他に車いす席8)を数え、音楽の都、浜松の次世代の担い手を育成する施設として期待を集めている。JVで行われたこの新築工事を率いた3人が、当時を振り返る。
- 工事名
浜松市市民音楽ホール新築工事
- 工期
2019年6月22日(着工は11月)~2021年3月19日
- 概要
建築工事
- 内容
ホール建築面積:3,871.17㎡、ホール延床面積:5,981.26㎡/構造:鉄骨(S)造一部鉄筋コンクリート(RC)造5階建
プロジェクトメンバー

大渕 敏之
建築工事監理技術者(所長)・統括安全衛生責任者
1998年、中村組に入社。発注者の感謝の言葉が一番のやりがいと語る。JV3社のリーダーとして、本工事を率いた。
髙村 弘毅
現場代理人
2008年入社。JV3社の現場代理人として、大渕の補佐にあたる。現場の実質的なリーダーとして工事を推進した。
高橋 勇人
現場担当者
2019年に入社した、当現場の最若手。初めて最初から携わったこの工事で、髙村と現場をつなぐキーマンとして活躍。三者三様、初めて尽くしの大型プロジェクト

2019年の11月。新都田の約30,000㎡という広大な敷地に、大渕、髙村、高橋の3人は立っていた。そこに建設が予定されているのは、「浜松市市民音楽ホール」という仮称で呼ばれていた、5階建の大型音楽ホール。総工費42億9千万円、工期は1年半を超える一大プロジェクトだ。
この工事では、中村組をはじめ地域を代表するゼネコン3社がJV(共同企業体)を組み、所長として全体をまとめる大渕の元に、各社2人ずつの現場担当者が集まった。髙村はJV全体の現場代理人として大渕を補佐し、高橋は中村組からの現場担当者という立場である。
大渕:「以前もホールを担当したことはありましたが、最大250席という中規模の建物。対して、この市民音楽ホールは、メインホールだけでも1,400を超える席があり、S造とRC造を組み合わせた5階建と、構造も特殊です。面白そうだと感じる反面、中村組がメインスポンサー(主担当)のJVということもあって、絶対に失敗できないという覚悟もありました」
この工事では、中村組をはじめ地域を代表するゼネコン3社がJV(共同企業体)を組み、所長として全体をまとめる大渕の元に、各社2人ずつの現場担当者が集まった。髙村はJV全体の現場代理人として大渕を補佐し、高橋は中村組からの現場担当者という立場である。
大渕:「以前もホールを担当したことはありましたが、最大250席という中規模の建物。対して、この市民音楽ホールは、メインホールだけでも1,400を超える席があり、S造とRC造を組み合わせた5階建と、構造も特殊です。面白そうだと感じる反面、中村組がメインスポンサー(主担当)のJVということもあって、絶対に失敗できないという覚悟もありました」

髙村が続ける。
髙村:「これはすごい現場だぞと思い知らされたのが、最初の施工図を描いた時でした。通常、ひとつの施工図を描くのに必要な時間はせいぜい数時間。ところが、ここでは1日半もかかったんです。また、自分の担当工区だけでも、ピーク時には50人前後の職人さんが入るなど、何もかもが圧倒的な現場でした」
一方、入社してまだ半年という高橋の胸中にあったのは、初めて尽くしとなる現場への期待感だった。
高橋:「僕にとっては2件目の現場だったのですが、最初の現場が途中参加だったので、まだ工事を通しで見たことがありませんでした。また他社さんと一緒になるJVの現場も初めてで、どんな雰囲気なんだろうとワクワクしていました。以前の現場で所長だった髙村さんと一緒ということで、安心感があったことも大きかったですね」
こうして三者三様の想いを抱えながら、音楽ホールの建設は始まった。
髙村:「これはすごい現場だぞと思い知らされたのが、最初の施工図を描いた時でした。通常、ひとつの施工図を描くのに必要な時間はせいぜい数時間。ところが、ここでは1日半もかかったんです。また、自分の担当工区だけでも、ピーク時には50人前後の職人さんが入るなど、何もかもが圧倒的な現場でした」
一方、入社してまだ半年という高橋の胸中にあったのは、初めて尽くしとなる現場への期待感だった。
高橋:「僕にとっては2件目の現場だったのですが、最初の現場が途中参加だったので、まだ工事を通しで見たことがありませんでした。また他社さんと一緒になるJVの現場も初めてで、どんな雰囲気なんだろうとワクワクしていました。以前の現場で所長だった髙村さんと一緒ということで、安心感があったことも大きかったですね」
こうして三者三様の想いを抱えながら、音楽ホールの建設は始まった。
スケールに圧倒されながらも、それぞれの役割に挑む
ここで、この3人の大まかな役割を整理しておこう。
所長である大渕の役割は、工事全体の計画策定と進捗管理、そして発注者である浜松市や近隣住民との折衝である。このJVでは中村組が3社を代表して市と契約を結んでいるため、予算管理も大渕の役割だ。そのため、大渕は着工の数カ月ほど前からマスター工程(全体工程)の検討を始め、市との折衝や近隣住民への説明会の開催、協力業者の選定などの準備を進めてきた。
特にマスター工程の策定は、工事全体の成否のカギを握る重要事項だ。音楽ホールという特殊性も考慮しながら、いつ、どこで、誰が、何をするかを緻密なスケジュールに落とし込んでいく。
所長である大渕の役割は、工事全体の計画策定と進捗管理、そして発注者である浜松市や近隣住民との折衝である。このJVでは中村組が3社を代表して市と契約を結んでいるため、予算管理も大渕の役割だ。そのため、大渕は着工の数カ月ほど前からマスター工程(全体工程)の検討を始め、市との折衝や近隣住民への説明会の開催、協力業者の選定などの準備を進めてきた。
特にマスター工程の策定は、工事全体の成否のカギを握る重要事項だ。音楽ホールという特殊性も考慮しながら、いつ、どこで、誰が、何をするかを緻密なスケジュールに落とし込んでいく。

大渕:「特に序盤で苦労させられたのが、当時全国的に問題になっていた鉄骨ボルト不足でした。国交省からも納期遅延に対する資料が出ていたほどだったのですが、工事には発注者、設計事務所、我々施工会社、そして近隣住民と多くの関係者がいます。さまざまなスケジュールに影響する話なので、丁寧に説明してコンセンサスを得ながら何度も調整と交渉を重ねたのが、思い出深いですね」
現場代理人を務めた髙村は、現場におけるリーダーといっていいだろう。大渕の描いたマスター工程に沿って、どのように工事を進めていくか具体的なプランを検討、実行していくのが主な役割だ。
髙村:「工事の進め方自体は、他の現場と変わりません。ただ、とにかく建物の規模が大きいので、躯体業者や仕上業者など複数の業者が常に出入りして作業を行っています。小~中規模の現場なら、現場監督が全体計画を把握して指示を出していれば問題ないのですが、ここでは各現場の職長一人一人が他者の動きを把握していないと、必ず問題が起こると考えました。そこで職長室に向こう1週間のスケジュールを貼り出し、職長全員で共有しながら、調整の必要があったらすぐに打合せできる体制を整えたんです」
現場代理人を務めた髙村は、現場におけるリーダーといっていいだろう。大渕の描いたマスター工程に沿って、どのように工事を進めていくか具体的なプランを検討、実行していくのが主な役割だ。
髙村:「工事の進め方自体は、他の現場と変わりません。ただ、とにかく建物の規模が大きいので、躯体業者や仕上業者など複数の業者が常に出入りして作業を行っています。小~中規模の現場なら、現場監督が全体計画を把握して指示を出していれば問題ないのですが、ここでは各現場の職長一人一人が他者の動きを把握していないと、必ず問題が起こると考えました。そこで職長室に向こう1週間のスケジュールを貼り出し、職長全員で共有しながら、調整の必要があったらすぐに打合せできる体制を整えたんです」
そして、大渕、髙村の指示を作業員に伝え、実際の工事の進捗を支えたのが高橋だ。品質管理として工事箇所の記録を残したり、安全管理として現場に危険箇所がないか確認したりと、一日のほとんどを現場で過ごした。
高橋:「当時は、その日その日のことをやるのに精一杯。職長会で大まかな流れは把握できるのですが、実際に現場に出るとわからないことが多くて、毎日が勉強でした。しかし、いくら若輩者とはいっても一応現場監督なので、作業員の方が最初に声を掛けるのが僕。わからないことは事務所に戻って調べたり、先輩たちに指導してもらったりしながら、問題を問題のまま残さないように必死で取り組みました。特に後半、内装工事では角の収め方や化粧材の取り合いなど見せ方に関する質問があちこちから上がってきて、現場を奔走していたことを覚えています」
高橋:「当時は、その日その日のことをやるのに精一杯。職長会で大まかな流れは把握できるのですが、実際に現場に出るとわからないことが多くて、毎日が勉強でした。しかし、いくら若輩者とはいっても一応現場監督なので、作業員の方が最初に声を掛けるのが僕。わからないことは事務所に戻って調べたり、先輩たちに指導してもらったりしながら、問題を問題のまま残さないように必死で取り組みました。特に後半、内装工事では角の収め方や化粧材の取り合いなど見せ方に関する質問があちこちから上がってきて、現場を奔走していたことを覚えています」



会社の枠を超えて見た、現場監督の心意気

大渕には当プロジェクト開始直後から、ひとつの懸念があった。音楽ホールの最重要項目である音響性能の確保だ。通常の建物であれば、現場監督が建物の各部を計測し、図面通りに施工されていることを確認すれば品質は確保できる。しかし音楽ホールの肝である音響性能は、どうやって確保するのか。
そこで大渕は月に1回音響専門のコンサルタントに現場入りしてもらい、設計図だけでは見えてこない構造材と吸音壁の取り合いなどを確認する機会を設けることにした。
実際の施工図を書いた髙村は、「所長が敷いてくれたレールに乗っただけ」と言いながらも、コンサルタントとの連携を密に取ってこの難問に挑み、「目に見えない性能」を図面に描いてみせた。
そこで大渕は月に1回音響専門のコンサルタントに現場入りしてもらい、設計図だけでは見えてこない構造材と吸音壁の取り合いなどを確認する機会を設けることにした。
実際の施工図を書いた髙村は、「所長が敷いてくれたレールに乗っただけ」と言いながらも、コンサルタントとの連携を密に取ってこの難問に挑み、「目に見えない性能」を図面に描いてみせた。
髙村:「音響設計には、残響、吸音、遮音などさまざまな要素があって、それを理想的にするための設計が設計事務所から出ています。しかし、この吸音材をここに取り付ける、というのは決まっていても、具体的にどう施工していくのかはこちらが決めなければいけない。また、万一既定された性能が発揮されなかった場合、どこまでさかのぼって手直しをすることになるのかもわからない。だから絶対に手直しが発生しないよう検討に検討を重ね、その結果を現場に反映していったんです」
大渕は、このJVは「とにかく人に恵まれた」と語る。
大渕:「とにかく大規模な現場ですし、特殊な構造の建物ということもあって、適材適所の人員配置が肝要だと思っていました。小さい現場なら所長がリーダーシップを発揮すれば何とかなることも多いのですが、この現場では通用しない。『この人なら安心して任せられる』という役割分担を徹底しないと、必ずほころびが生じてしまいます。ですので、実際に工事が始まってからも仕事ぶりをよく見て、得意分野に注力してもらえるようにしました。幸い、みんな責任感が強い方ばかりで能動的に動いてくれたので、想定していた以上にうまく現場が回ったと感じています」
大渕は、このJVは「とにかく人に恵まれた」と語る。
大渕:「とにかく大規模な現場ですし、特殊な構造の建物ということもあって、適材適所の人員配置が肝要だと思っていました。小さい現場なら所長がリーダーシップを発揮すれば何とかなることも多いのですが、この現場では通用しない。『この人なら安心して任せられる』という役割分担を徹底しないと、必ずほころびが生じてしまいます。ですので、実際に工事が始まってからも仕事ぶりをよく見て、得意分野に注力してもらえるようにしました。幸い、みんな責任感が強い方ばかりで能動的に動いてくれたので、想定していた以上にうまく現場が回ったと感じています」

また、JVを組んだ他社の現場監督も、素晴らしい人材ばかりだった。
髙村:「工程表を書くためには施工を把握していなければならないので、他社の主任技術者が描いた施工図を見せてもらうことも多々あったのですが、皆さん優秀な方ばかりで、学ぶことも多かったですね。特に鉄骨造部分の施工は大変難易度の高い部分だったのですが、この方がいなかったら数倍は手間がかかっていただろうと思えるほど得意な方が担当してくれて、今でも感謝しています」
髙村には忘れられない思い出がある。
髙村:「途中、どうしても1週間くらい休みを取らなければいけないことがあり、他社の現場監督に代わりを頼んだんです。その時、その方が仰っていたのが『中村組さんに恥じないように、現場をまとめておきます』という言葉。普段はライバルでも、この現場ではひとつのゴールを共有する仲間。その心意気を見せてもらったことが、今も心に残っています」
髙村:「工程表を書くためには施工を把握していなければならないので、他社の主任技術者が描いた施工図を見せてもらうことも多々あったのですが、皆さん優秀な方ばかりで、学ぶことも多かったですね。特に鉄骨造部分の施工は大変難易度の高い部分だったのですが、この方がいなかったら数倍は手間がかかっていただろうと思えるほど得意な方が担当してくれて、今でも感謝しています」
髙村には忘れられない思い出がある。
髙村:「途中、どうしても1週間くらい休みを取らなければいけないことがあり、他社の現場監督に代わりを頼んだんです。その時、その方が仰っていたのが『中村組さんに恥じないように、現場をまとめておきます』という言葉。普段はライバルでも、この現場ではひとつのゴールを共有する仲間。その心意気を見せてもらったことが、今も心に残っています」


人は建物をつくり、現場は人をつくる

2021年の3月、設計検査、施主検査、そして音響検査と数多くの検査をパスして、建物が無事に引き渡された。
完成した市民音楽ホールは「サーラ音楽ホール」と名付けられ、6月に正式オープン。7月からは市民への貸し出しも始まり、未来の『音楽の街』を担う人材を育む、浜松を代表するホールのひとつに加わった。
このプロジェクトを経て、3人が得たものは何だったのだろうか。大渕は、2人の成長を見られたことが一番の実りだと目を細める。
大渕:「髙村君にとっての一番の成長は、『人に任せる』ことができるようになったこと。私もそうだったのですが、小さい現場で所長をやっているころは、なんでも自分でやりたいものなんです。でもこの現場には、それは通用しない。人の力を頼ること、そして頼った相手に『こいつのためなら頑張ろう』と思わせること、これができるようになると、現場監督として、所長として、もう一段大きくなれるんです」
完成した市民音楽ホールは「サーラ音楽ホール」と名付けられ、6月に正式オープン。7月からは市民への貸し出しも始まり、未来の『音楽の街』を担う人材を育む、浜松を代表するホールのひとつに加わった。
このプロジェクトを経て、3人が得たものは何だったのだろうか。大渕は、2人の成長を見られたことが一番の実りだと目を細める。
大渕:「髙村君にとっての一番の成長は、『人に任せる』ことができるようになったこと。私もそうだったのですが、小さい現場で所長をやっているころは、なんでも自分でやりたいものなんです。でもこの現場には、それは通用しない。人の力を頼ること、そして頼った相手に『こいつのためなら頑張ろう』と思わせること、これができるようになると、現場監督として、所長として、もう一段大きくなれるんです」

そして高橋については、
大渕:「周りはみんな年上で経験豊富という中で、右に左に奔走しながら仕事を覚えていくのが若手の役目。工程の進め方や作業員さんとのやり取りもだんだん板についてきて、誰の目から見ても頼もしくなりました」
髙村が続ける。
髙村:「高橋君が現場を頑張ってくれたおかげで、落ち着いて自分の業務をやらせてもらえた。すごく感謝しています。僕は前の現場でも高橋君と一緒だったので、もともと自分で考えて行動できることを評価していたのですが、それが社内外のたくさんの人たちの中で開花したと感じています。
大渕:「周りはみんな年上で経験豊富という中で、右に左に奔走しながら仕事を覚えていくのが若手の役目。工程の進め方や作業員さんとのやり取りもだんだん板についてきて、誰の目から見ても頼もしくなりました」
髙村が続ける。
髙村:「高橋君が現場を頑張ってくれたおかげで、落ち着いて自分の業務をやらせてもらえた。すごく感謝しています。僕は前の現場でも高橋君と一緒だったので、もともと自分で考えて行動できることを評価していたのですが、それが社内外のたくさんの人たちの中で開花したと感じています。
また僕自身も、大渕所長が一歩も二歩も先を読んでくれていたおかげで、次にどんな手を打つべきか、どこにテコ入れすべきかのヒントをたくさんもらいました。その冷静に全体を見渡しながら先手を打つ姿から、多くを学ぶことができたと思います。ついでに言えば、市の関係者やいろんな業者さん、そしてJVのメンバーを前に堂々としていられる、その度胸もかな(笑)」
高橋:「僕はほとんど現場で、作業員さんたちと一緒に過ごす時間の方が長かったのですが、2人からいただくアドバイスは、1日現場にいる僕が気付かないようなものばかりで驚かされることばかりでした。2人とも雲の上のような存在ですが、その時に感じた頼もしさを、いつか後輩に感じてもらえるようになれたらうれしいですね」
高橋:「僕はほとんど現場で、作業員さんたちと一緒に過ごす時間の方が長かったのですが、2人からいただくアドバイスは、1日現場にいる僕が気付かないようなものばかりで驚かされることばかりでした。2人とも雲の上のような存在ですが、その時に感じた頼もしさを、いつか後輩に感じてもらえるようになれたらうれしいですね」

今は、それぞれ異なる現場を受け持つ、彼ら3人。最後に大渕は、「建物は人がつくるもの」と想いを込めて語った。その言葉に深くうなずいた髙村と高橋もまた、同じ想いを胸にして現場に立っていることだろう。